松戸とは?/ キャシング比較
[ 877] 松戸市 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%88%B8%E5%B8%82
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松戸市(まつどし)は、千葉県北西部に位置する市。松戸、馬橋、小金は、古くは水戸街道の宿場町として栄えた。松戸地区は国・県の出先機関があり、千葉県東葛飾地方の拠点都市の性格がある。現在は東京のベッドタウンとして市外出身者とその子孫が非常に多い。市川市、柏市、流山市、鎌ヶ谷市と接し、江戸川を挟んだ向こう側に東京都葛飾区、埼玉県三郷市がある。千葉県内では千葉市、船橋市に次いで居住人口第3位の市町村であるが、夜間人口の方が多い。 千葉県の北西に位置し、南北に流れる江戸川を西端としている。江戸川の左岸にあたる西部地域は海抜4m前後の低地で、水路が縦横に走り、宅地化が進んだ現在でも、水田や畑地が各所に見られる。東部地域は洪積地層からなる下総台地(海抜20-30m)の西端となっていて、現在では概ね住宅地がひろがっているが、1960年代以前は、山林や果樹園などの畑が多く見られた。標高は市域のほぼ中央に位置する常盤平駅周辺が最も高く、ここを境にして、市内の河川は西に向かい東京湾へつづく江戸川水系と、東に向かい太平洋へ注ぎ込む東の手賀沼・利根川水系に分かれている。なお、市内を流れる坂川は、北千葉導水路の一部として江戸川に流れている。 市内には昔からの商店街が多く点在している JR常磐線が水戸街道と並走するように市の中西部から南北に貫き、北部(新松戸駅)で武蔵野線と交差している。松戸駅からは新京成線が分岐し、ほぼ市の中央の八柱駅にて武蔵野線新八柱駅と交差するように市の中央部を横断している。また、南部では北総鉄道が東西に走り、東松戸駅で武蔵野線と連絡している。 江戸時代から水戸街道の宿場であった。現在の松戸駅の付近である旧宿場は現在も中心市街となっている。また、1960年代から大規模住宅団地が市内各地に造成されると、住宅地の鉄道駅周辺があらたに商業施設などの集まる市街地として整備されている。また、幹線道路の整備・拡幅にともない、郊外型の商業施設が沿線に立地している。 松戸一帯には後に小金牧が設置されるなど馬の飼育が盛んであった。そこで「馬の里」から「馬里(うまさと)」から「まさと」になりそのうち変化して「まつど」になったといわれる。 平安時代に書かれた「更級日記」に登場する松里(まつさと)という地名が「松戸」という地名のルーツと言われている。 1889年4月1日 町村制施行に伴い、東葛飾郡松戸村・小山村・上矢切村・中矢切村・下矢切村・栗山村が合併、松戸町となる。 2000年4月から、三役・本部長・教育長による松戸市経営会議が設置され、通常月2回、市政運営方針や重要施策の審議がなされている。 議会運営委員会の他、常任委員会が4つ、特別委員会が1つ設置されている。また、3月定例会では予算審査特別委員会が、9月定例会では決算審査特別委員会が開かれる。 1971年5月12日旧ボックスヒル市との間に姉妹都市提携。その後1978年に完成した松戸駅ビル内のショッピングモールは「ボックスヒル」と名付けられた(その後茨城県取手市にも「ボックスヒル」が展開した)。 2004年現在、日本国内に姉妹都市・提携都市はない。ホワイトホース市は州の中心都市であるメルボルン郊外の市で、面積もほぼ松戸市と変わらないなどの共通点がある。 松戸駅周辺の景観が、近隣主要駅と比較して悪いことが問題視されている。無秩序に広がる消費者金融や風俗産業等の派手な看板や広告等が駅利用客を出迎える。駅前を暗くしていたアーケードは撤去されたが、看板・広告は未だに放置されたままである。 新松戸駅西口を出ると、通路を取り囲むように威圧的な鉄骨のオブジェがつくられている。通称「赤い鳥居」と呼ばれるもので、新松戸住民からの評判は悪く市議会でも問題になっている。市の役人によるお仕着せの街づくり、市自らが景観を考慮しない街づくりをしていることの一端をみることもできる。 2005年NHKスペシャルで、市内の常盤平団地における孤独死の問題が放映されたときは、全国に大きな反響を呼び、高齢化対策の遅れなどといった問題が顕在化している。→常盤平を参照 松戸市南部のターミナル駅である東松戸駅周辺の区画整理事業の失敗により、駅周辺には10年以上建設途中で放置された道路や造成地が数多く残されている。2007年以降は駅前に大型ビルがオープンし大規模マンションの建設も進むなど、東松戸駅周辺の開発に勢いがつきはじめている。 また東松戸駅構内までは点字ブロックが設置されているのに対し、市の管轄エリア(ロータリー)から点字ブロックがなくなっているなど、バリアフリー整備の遅れおよび区画整理事業の再整備を今後どう進めていくかが今後の課題といえる。 松戸市南東部地域(大橋・紙敷・秋山・高塚新田など)において下水道の整備が大幅に遅れており、そのため家庭排水が直接河川に流され国分川(春木川)および真間川の水質を汚している要因とされている(東京都や神奈川県の各自治体に比べても松戸市・市川市の下水道普及率は悪い)。なお北総線およびJR東松戸駅の開業以降、これらの地域では近年宅地化が急速に進行しており、環境保全のためにも早急な整備が求められている。 JR新松戸駅周辺をはじめ、市内各所においてムクドリの大量発生に伴う糞の被害がある。新松戸のムクドリの問題については、フジテレビでも取り上げられた。 柏レイソル(ホームタウンは隣の柏市であるが、「東葛地域」の我孫子、印西、鎌ケ谷、白井、流山、野田、松戸の8市を活動エリアとして、サッカースクールや各市の市民招待デーなどを企画、また、各市で開かれる市民祭りなどでのサイン会などをしている。) 2004年から公立小中学校の学校選択制が導入され、いわゆる「(市内)ナンバー中学校」(学校名に数字が付く伝統中学校)の入学者数が増加傾向にある。教育内容の情報公開等が不十分なため課題も多い。 松戸市を含む東葛地域は、かつて「東の千葉、西の愛知」と言われた管理教育が行われた場所。現在も以下のような名残がみられる。 公立中学校では登校すると学校が指定するジャージに着替えなければならない。これについては、制服(標準服)を着ている時間が短いため制服がもったいない、体育の授業から部活動そして給食も同じジャージ姿で衛生的でない、指定ジャージは特定業者から購入しなければならず価格が割高であるなど批判も少なくないが、一方、ジャージに着替えると制服でいるよりも楽に過ごせる、との考えもある。松戸市においてはジャージの着用強制の背景として、「『学力よりも体力重視』という古くから松戸にある教育風土が残っているため」との指摘もある。 伝統的に部活動のみは突出して盛んである。早朝、休日も部活動がある学校がほとんどである。かつては生徒を管理する手段としての性質が強かったが、学校選択制の導入に伴い、学校間競争及び広報活動の活発化もあり、勝利至上主義の傾向が強くなっている。生徒の健康や学力向上を蔑ろにした勝利至上主義であるとの批判は従来からある。 かつて管理教育の象徴であると言われた業間体育(毎日、休み時間無してマラソン等の運動強度の高い体育を全校児童一斉に行う課外活動)は、各種の弊害の指摘(児童間のコミュニケーションや教員への相談等の時間を奪う、トイレや着替えの時間が無くなる、疲労により授業への集中力が無くなる・家庭学習に影響が出る、ストレスによるいじめ等)によって完全に廃止されたが、近年、再び業間体育を復活する学校があらわれている。 正規のPTAが組織されていない公立学校もある。そのため保護者の意思形成や学校統廃合における公的機関との交渉等に課題を残している。 ふりーせる保育と呼ばれるジェンダーフリー保育が市内で実践され、国会や市議会等で問題になったことがある。 常磐線各駅停車(常磐緩行線)は東京メトロ千代田線へ直通している事もあり、地元住民や不動産業者からは通称「(JR)千代田線」と呼称される場合が多い。 北総線を成田空港まで延伸する成田新高速鉄道整備事業において、松戸市が東松戸駅への一般特急(空港アクセス列車)の停車を働きかけている。 JR常磐緩行線(南柏駅)(厳密に言えば当駅は柏市だが、駅の南西にすぐ流山市との境があるため、一応流山市へのアクセスとして利用可) 小金城址は戦国時代の領主、高城氏の居城(高城胤吉参照)。1537年に築城。(砦を拡張したという説もある)1590年、後北条氏に味方した主家の千葉氏に従った高城氏が豊臣秀吉に滅ぼされると、徳川家康の五男・武田信吉が小金城に入るが、3年後に廃城。 小金宿の旅篭玉屋。水戸街道の宿場町。赤報隊に関連。なお、市の一部は江戸時代は小金牧として幕府直轄領だった。 松戸宿は水戸街道の宿場町。新撰組に関連。市川、水戸方面、流山、江戸方面を繋ぐ要所であった。また、千葉周作が少年時代を過ごしたと言う説がある。 東漸寺は樹齢300年以上といわれる枝垂桜マツで有名。1537年小金城築城とともに根木内城近辺より移る。江戸初期に関東十八檀林の一つとされた名刹。市の保護樹木に指定されている。 本土寺は日蓮宗の寺院で1277年に日朗により創建され、現在はあじさい寺として有名。日蓮直筆の書状、梵鐘などの重要文化財を所有。 戸定歴史館は、徳川慶喜の実弟昭武が、水戸徳川家当主を隠退後住んだ屋敷跡を利用した博物館。戸定邸は2006年に国の重要文化財に指定。 下矢切の柳原水閘は、1904年に完成した四連アーチ煉瓦造の美しい治水施設で、市指定文化財、土木学会選奨土木遺産及び経済産業省認定近代化産業遺産。 陣ヶ前などという地名は、後北条氏と里見氏の間で戦われた国府台合戦に関連している。この時、小金城の高城氏も北条軍に参加している。 常磐線各駅停車の新松戸駅-北小金駅間には、目立たないが1896年12月25日開業時のレンガ造りの橋脚のガードが一箇所ある。 二十世紀が丘梨元町にある二十世紀公園は二十世紀梨発祥の地であり、記念碑が建てられている。また21世紀の森と広場と並び、松戸市内には20世紀・21世紀と世紀にちなんだ名称の公園が2つある事でも有名である。 21世紀の森と広場に架かる森の橋・広場の橋[モリノハシ・ヒロバノハシ] は平成2年土木学会田中賞受賞。 篠原修のデビュー作でもある。 森のホール21の大ホールではしばしば有名人気歌手のコンサートがある。レセプションホールは結婚披露宴会場としても利用されている。 松戸市立博物館では竪穴住居などが再現されている。また、小規模ではあるが、市内には貝ノ花貝塚や河原塚古墳などがある。 松戸運動公園は2005千葉きらめき総体フェンシング会場。野球場ナイター設備の完成時に、ビートたけしが野球をしたことがある。現在、市立病院の移転候補地としてあげられている。 常盤平団地は日本初の大規模公団住宅団地。松戸市立博物館にある完成当時のモデルルームは、NHKの人気番組、プロジェクトXにも登場したことがある。 JR東日本松戸車両センターは、常磐緩行線、快速、成田線の車両が所属する車庫で、1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件では、被災車両がJRの車両だったため、ここで車内検証や消毒が行われた。 バンダイミュージアムは松戸駅東口に2006年8月末まであり、ガンダムシリーズの初代作から最新作までを展示していた。ガンダムマニアから子どもまで、客層は幅広かった。関西方面からの修学旅行生が時折訪れることもあったが、2006年8月末に惜しまれながら撤退。 根木内歴史公園は、根木内城(小金城付属施設)跡の森と、上富士川(坂川最上流部)の湿地帯を組み合わせた自然公園。2006年4月1日に開園した市内最新の公園。 小金原にあるユーカリ交通公園は、その名どおりにユーカリが多数茂り、松本清市長在籍時はコアラを放し飼いにする案もあった。D51型蒸気機関車や救難ヘリ等の実物が展示されている。 松本和那、大手ドラッグストアマツモトキヨシ会長、元衆議院議員、元千葉県議会議員。マツモトキヨシ創業者であり、元松戸市長である松本清の長男。 松本和巳、元衆議院議員、元マツモトキヨシ取締役。松本和那の長男であり、元松戸市長の松本清の孫にあたる。 林田浩文、実業家、翻訳家、作家。専修松戸高校OB。林田レジリ浩文のペンネームで会社経営の傍ら著作活動。 リサイクルの推進およびゴミ減量のPRとして、「クリンクルちゃん」というマスコットキャラクターが存在する。 市の西端を流れる江戸川には矢切の渡し(やぎりのわたし)という渡船場があり、演歌のタイトルになった。「矢切の渡し」の対岸は映画『男はつらいよ』の舞台となった柴又である。 松戸市は二十世紀梨の発祥の地としても知られ、現在でも梨園が多い。その他、近郊農業としての野菜栽培が盛んで、ネギの生産量も多い。 大手ドラッグストアマツモトキヨシの創業者松本清が市長を務めていた1969年、すぐやる課が創設された。 2004年12月に消防車両大手のモリタが開発・製造した消防ポンプ車と救急車の機能を両立した消防救急車(通称:消救車)が日本で初めて六実消防署に導入された。 松戸市の形状はやや幅を広くした北海道に似ており、ちゃんと「知床半島」・「根室半島」(松戸市でいう六高台・六実地区がそれにあたる)までもある。また、奇遇にも市内を走る新京成線と、北海道における石北本線・釧網本線の路線形状まで似ていると、以前JTB時刻表の読者投稿コーナーで話題になった事がある。 三矢小台にある川萩公園にはおっぱいの形状をしたモニュメントがあり、地元の人達からは「おっぱい公園」と呼ばれて親しまれている。 この「松戸市」は日本の市区町村に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ日本の市町村)。 |
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